『罰する』から『ケアする』へ。各国の薬物対策と日本の未来
2018年の10月17日、世界的にも注目される「ある大きな試み」がカナダで始まりました。
嗜好用大麻の使用と所持、そして販売の合法化です。
全国規模での合法化は、ウルグアイに次ぎ2ヵ国目となります。
今回の解禁により、21歳以上の成人であれば許諾を得た販売店で大麻を購入でき、30gまでの所持が可能です。使用に関しては、公共の場でも認められています。
※日本の大麻取締法は海外においても適用されることがあります。日本国外であっても大麻には手を出さないで下さい。
日本国内では「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」というポスターや「シャブ山シャブ子」のイメージが依然として強いように感じます。
皆さんの中にも、大麻の合法化という動きに驚かれている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
事実、主要国の薬物別生涯経験率を見ると、日本は最も低い数値であることが分かります。
カナダでは、大麻の使用経験がある国民は4割以上とも推定され、政府にとっても大きな懸念事項の1つでした。
そこで当局は従来の政策を一転し、成人の大麻使用は認めながらも、未成年への譲渡は厳しく罰する方向に舵を切ったのです。
こうした施策により、密輸などの闇取引を防ぎ、未成年者の使用を減らす等の効果が期待されています。
今世界では、カナダに見られるような単に薬物依存症者を「罰する」のではなく、どう彼らに寄り添い支援していくか、言い換えると、どう「ケア」していくかが問われています。
日本国内の薬物依存症者は、数として国際的にも非常に少ない状況です。
しかし、それでも再犯率は高く、また彼らの社会復帰のために行うべきサポートはまだまだ十分とは言えません。
この記事では、各国の「薬物対策」に目を向けながら、日本のこれからの薬物対策について皆さんと一緒に考えていければと思っています。
目次
1. そもそも薬物とは何か
まず簡単に「薬物」というものについて、整理していきましょう。
紹介していくのは、依存性が高く一般的に危険とされている「乱用薬物(以下、薬物)」に関してです。
薬物の使用は、たとえ「一回だけ」という気持ちであったとしても、一度でも手を出してしまうと自力で抜け出すことはほぼ不可能だと言われています。
薬物は、アッパー系(中枢神経興奮系)とダウナー系(中枢神経抑制系)の2つに分けることができます。
アッパー系の薬物は精神を覚醒・興奮させ、「集中力の向上」や「疲れにくさ」を錯覚させます。
一方、ダウナー系の薬物は、精神を落ち着かせ抑制させるという特徴があります。
使用によって無力感や脱力感を引き起こす薬物がダウナー系です。
アッパー系では、覚醒剤やコカインが挙げられ、ダウナー系ではヘロインや大麻などが該当します。
依存具合や症状などは薬物ごとに異なります。
カナダで合法化された大麻や「LSD」と呼ばれる薬物の依存性は、それほど高くはありません。
ただし、上の図で挙げているその他の薬物に関しては、いずれも強い依存性が確認されており、また依存性の低い薬物でも、無制限にその使用が許可されているわけではありません。
「薬物の乱用が人生を大きく左右するかもしれない」という認識は、是非とも持っておいて下さい。
2. 他国の薬物対策事情① ポルトガル
他国でどのような薬物対策が講じられているのか、一緒に見ていきましょう。
1つ目の国は、ポルトガルです。
ポルトガルは2001年、世界のどの国よりも先駆けて、すべての薬物の使用や所持を「非犯罪化」しました。
非犯罪化とは、法律に触れたとしても処罰は行わないとする方針を指します。
※「非犯罪化=合法化」というわけではありません。
この方針以来、ポルトガル国内における薬物の使用や所持は、法律上「違法」とされつつも即時の逮捕や投獄とは結びつかなくなりました。
薬物依存症者は、大麻やヘロインなどの使用・所持が見つかると、逮捕される代わりに「薬物依存抑制委員会(CDT)」へ出頭することになります。
逮捕はされなくとも違反者とはなるので、状況を考慮しながら治療の必要性や罰金などが科される仕組みです。
ポルトガルのこうした取り組みは「ハームリダクション(harm reduction)」と呼ばれています。
「使わせない」でなく「ダメージを減らす」 欧州で主流の対策「ハームリダクション」(2018.12.02) 朝日新聞GLOBE+
「ハームリダクション」という言葉には害を減らすという意味があります。
薬物依存が進行すると、過剰摂取や注射器の回し打ちなどの問題がつきまといます。
そうした事態にならないよう、例えば代替の薬物(より依存性が低く、危険性が少ないもの)を提供する、あるいは新品の注射器を配布するなどして問題の深刻化を防ぐのです。
こうした取り組みが「ハームリダクション」です。
「ハームリダクション」を根底で支えているのは、「罰しただけで薬物問題は解決できない」という認識です。
ポルトガルでは、いかに薬物依存者に寄り添い、彼らの抱える問題を解決していくかが重要視されています。
90年代半ばにおけるヘロイン使用者は人口約1000万のうち、約1パーセント程とされていました。
今ではその数も大きく減少し、薬物使用者の増加も抑えられているそうです。
3. 他国の薬物対策事情② アメリカ
次に、アメリカの事例を見ていきましょう。
アメリカの行政区分の1つである「州」は、各自が法律や税制、軍隊までをも持つ「独立国家」としての色合いが強いです。
そのため、薬物対策に関しても州ごとで異なる取り組みが行われています。
州の中でも、とりわけ早く大麻の合法化に踏み込んだのがコロラド州です。同州では、2014年に大麻解禁へ踏み切りました。
現在では、10の州に首都ワシントンを加えた地域で嗜好用大麻が合法化されています。
合法化によって各州が業者から得る税やライセンス料は、公共施設の改修や建築に充てられているそうです。
日本は、公営ギャンブルなどから得た収益金を学校や福祉施設の設置、また公共事業へ充てていますが、アメリカでは大麻に関してもそうした取り組みを実施していることになります。
大麻の合法化が必ずしも妥当な手段だとは言い切れませんが、「罰する」だけで解決できるほど「薬物問題」は容易ではありません。
そして、私たちの社会から完全に薬物を「排除する」ことは不可能です。
他国の政策をそのまま導入しないにせよ「ケアの精神」や「当事者目線」など、彼らから学ぶべきことは私たちにもあるのではないでしょうか。
4. 日本の薬物対策の現状と課題
日本では現状、どのような薬物対策が取られているのでしょうか。
私たちの国では一般に薬物犯罪の場合、初犯でなければ起訴の後、実刑判決を受けることになります。
刑事施設の中では、「薬物依存離脱指導」が進行します。
つまり、施設内でも治療プログラムが提供されていることになります。
しかし、冒頭でもお伝えしたように、日本は薬物の生涯経験率が低い一方で再犯率が高いという実態があります。
なぜでしょうか。
近年の研究や報告によれば、薬物依存の高い再犯率は「薬物と繋がりやすい環境」はもちろん、「孤独感」や「生きづらさ」などとも関係性があると言われています。
一度、刑事施設を経験するとなると、その段階でこれまでの人間関係が絶たれてしまうケースが少なくありません。
人によっては、家族や友人との繋がりを失ってしまいます。
そして、それによって生じる孤独感や疎外感、「生きづらさ」から再び薬物に手を出してしまうのではないか、と考えられているのです。
本来、薬物を経験した人には、経験していない人以上に就労や人間関係構築のためのサポート、そしてケアが必要です。
それにもかかわらず、そうした人々の支援が今まで十分にできていなかったのが日本の実態でした。
5. 日本のこれからの薬物依存対策
日本は今日に至るまで、「罰則」がベースの薬物依存対策が進められてきました。
しかし、少しずつではありますが、そうした状況が変わりつつあります。
今から約1ヵ月程前、ストレスやそれに伴う摂食障害などから「万引き依存症」になった女子マラソン元日本代表の原裕美子さんに執行猶予付きの判決が言い渡されました。
「今も週に一度は食べ吐き、それでも”盗まない”生活がどれだけ幸せか」万引きで執行猶予判決の原裕美子被告が胸中語る(2018.12.04) AbemaTIMES
原さんはこれまで、複数回にわたって万引きを繰り返しており、今回は執行猶予期間中に盗んでしまったとのことです。
しかし、実刑判決にはならず、再び執行猶予が付くという結果になりました。
現在は専門の施設に入所し、治療プログラムに取り組みながら社会復帰を目指されているそうです。
「薬物依存症」に関しても刑事施設を経ずに、自助グループや施設などの専門機関に繋げようとする動きが水面下で始まっています。
政府はここ数年、依存症問題に向けた様々な施策を打ち出し、各専門機関との連携を深めてきました。
依存症対策のための法案作成はもちろん、厚生労働省や消費者庁などのホームページを通し、積極的に必要な情報を発信しています。
民間の話に移れば、「ケアの精神」から当事者たちと向き合う団体が次第に増えてきました。
私たちの施設の例を挙げると、かつて薬物依存症であったスタッフも在籍しているのですが、当事者の気持ちが分かる分、むやみに責めたりすることはありません。
治療プログラムの受講者から持ち物を取り上げることも原則せず、1人1人の自主性に任せながら社会復帰までのサポートを行っています。
こうした司法や政治(行政)、民間団体の取り組みにより、「ケア重視」の動きは、徐々に日本国内でも広がりを見せていくことが予想されます。
6. まとめ
今回は、他国での薬物対策を参考に、日本の現状とこれからについて考えてきました。
改めて内容を整理します。
- ①近年「ハームリダクション」が各国の薬物対策に導入され始めている。
- ②先進国を中心に、薬物問題の改善に向け「罰則」から「ケア」の方向に進んでいる。
- ③日本国内でも、少しずつ薬物依存症者に対する「ケアの意識」が広がっている。
依存症に関する様々な知見が積み上げられていくことで、私たちが行う治療プログラムも、より当事者に沿ったかたちへと変化しています。
私たちヒューマンアルバでは、依存症当事者はもちろん、そのご家族やご友人にも焦点を当て、その時一番ベストだと思われる支援をさせていただいております。
些細なことでも構いません。
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参考:
・厳罰化でも薬物はなくならない 過度の規制強化は危険だ(2018.12.04)朝日新聞GLOBE+
・「使わせない」でなく「ダメージを減らす」欧州で主流の対策「ハームリダクション」(2018.12.02)朝日新聞GLOBE+
・「奇跡の国」と評される日本の麻薬規制 でも刑罰には限界も(2018.12.02)朝日新聞GLOBE+
・大麻は取り締まるより合法化 カナダの壮大な社会実験、「選択と集中」の結果だ(2018.12.02)朝日新聞GLOBE+
・カナダで大麻解禁、先進国初 外務省は邦人に注意喚起「手を出さないで」(2018.10.18)HUFFPOST
・和田清『薬物依存の脳内メカニズム』(2010)講談社
ライター名: ブランコ先生